マゾヒズムの起源「ザッヘル・マゾッホ」超解説

前回お届けしたマルキ・ド・サドの超解説に続いて、サドの対極とされているマゾヒズムの起源について書いていきます。
つまるところマゾの起源とは「ザッヘル・マゾッホ」その人であり、彼はサドと同じく小説家でした。

しかし、これまでに解説したサドと比較した場合、マゾッホの人生は比較的穏やかで、サドのような過激な人生を予想していると肩透かしを食らいます。
彼は最終的に振り返ってみれば、女性に対する愛にすべてを捧げた、実に純真な人生そのものを送っています。

跪くマゾッホ

もちろん、その愛に熱中する姿は常識的な観点から見れば狂っています
そのもっともたる例が主従誓約書の作成で、彼は後に解説する彼自身の作品と同じように、数人の恋人に自分を奴隷として扱うように契約を交わすなどしていたのです。

彼は元々は自身の故郷ガリツィアを舞台にした歴史小説を書いている普通の作家でした。
しかし、後に代表作「毛皮を着たヴィーナス」を執筆するなどして、徐々にマゾヒストの原点とも呼べる変わった性癖の吐露を始めます。

隷属愛に狂った稀代の小説家

「女は男の奴隷になるか暴君になるかのいずれかであって、絶対にともに肩を並べた朋輩にはなりえない」
これはマゾッホが「毛皮を着たヴィーナス」の中で登場人物に語らせている有名な言葉であり、彼の恋愛に対する姿勢をもっともよく表した言葉です。

この小説の内容は一人の男が一人の女との変わった恋愛について語るといったシンプルなものですが、そこで語られる恋愛のかたちは常識を逸しています。

語り部であり主人公である男は自分を女性から痛めつけられることで悦びを感じる超官能主義者であると言います。
そして彼が恋した美しい女性ワンダに、足で自分を踏んでくれとか、罵ってくれと懇願するのです。

しかし当のワンダは実にノーマルな性癖の持ち主で、主人公のこのような変態的な要求に戸惑います。
ただ彼女自身主人公のことを愛しているが故に、恐る恐る彼を踏みつけたり、いじめたりすることに慣れていくのです。

毛皮のビーナス

ここから先のあらすじを述べるとネタバレになりますが、主人公とワンダの奇妙な主従関係は、新たな男の登場で終わりを迎えます。
そして主人公はその普通に考えれば悲劇的な結末、仕打ちを、妙に納得したような心地で受け入れるのです。

どこまでも女性に全てを捧げて、何もかもを奪われ馬鹿にされても、その女性を愛し続ける男の姿
この姿こそまさにマゾヒズムであると、精神科医クラフト=エビングは定義し、世界で始めてマゾヒズムという言葉が生まれたのです。

マゾッホは「毛皮を着たヴィーナス」以外にも絶世の美女とその信者たちの異常な主従関係を描いた「聖母」など、実にさまざまな作品を残しています。
そしてその作品のどれもどこか優雅な雰囲気と品性を感じさせる文体で書かれており、純粋に文学作品として価値が高いと多くの人に絶賛されています。

特に彼の作品には獣の皮や野獣が女性の権威を表すモチーフとしてよく登場し、毛皮フェチを思わせる描写もあるのが個人的に興味深いところです。
さらに狂った主従関係、マゾヒズムを描いているにも関わらず、妙に惹きつけられてしまう恋愛への情熱も読み取れるところが良いですね。

静かなる恋愛観革命

ザッヘル・マゾッホという人物は冒頭に書いたようにサドほど過激な人物でも、あからさまに狂気に満ちた人物でもありません。
しかし彼が遺した作品の多くは確かに多くの人の常識を打ち壊し、マゾヒストとしての生き方の原点を示した革新的なものでした。

そういった意味で彼は研究すればするほど奥深く、次々に興味が湧いてくる人物だと言えそうです。
現代を生きるマゾヒストを自負する皆さまには、ぜひともマゾの原点たるマゾッホの生涯や作品に積極的に触れていってほしいと思います。

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